池原橋−山村に開いた橋梁技術の花 |

池原橋のワーレントラス橋部(下流左岸側より) |
| 魅力ある橋梁とは、交通インフラとして必要な機能を持っていることに加えて、すぐれた構造美と景観、技術の卓越、歴史性、地域の文化的アイデンティティなどの価値が認められるものを指すのではないかと思う。このたび訪れた池原橋も、この意味で大いに魅力にあふれていた。 |
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都奈良市を離れること約100km、吉野郡下北山村は奥深い紀伊山地の山あいにある。世界遺産の「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれる大峯奥駈道が村内を縦走し、林業と温泉などの観光業が主体である。北山川に沿う国道169号で村外とつながっているが、村内では役場のある寺垣内(がいと)地区に通じる国道425号が重視されており、村で唯一の公共交通機関である「ゆうゆうバス」1)も村内ではこちらを走っている。
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| 図1 池原橋の位置 |
池原橋は、昭和4(1929)年に北山川に架けられた。それまでは渡船で往来しており、運行は天候に左右されて不安定であったし、筏で行っていた木材搬送との干渉もあった。7月29日に渡橋式が行われ、村民は架橋を大いに喜んだという。
昭和40(1965)年に上流に池原ダムができ、ダムに貯留された水は池原橋から約3.5km下流にある池原発電所に落とすようになった。よって、現在は当地に北山川の水流はなく橋の下を流れるのはその支流である池郷川である。平時は水量が少ないため、水面から高いところに架かっているように見える。国道169号が通る上池原・下池原地区から国道425号へのアクセスとなっており、1車線ながら車の通行は多い。
原橋は、下路式曲弦ワーレントラス橋2連(L=109.04m)と鉄筋コンクリート桁橋5連(L=54.36m)から成る橋長163.4mの複合橋である。かつては水量の豊かだった北山川を渡っているので、河床が深いところは橋脚を減らすために鋼橋とし、比較的浅いところは等間隔で橋脚を整備しコンクリート橋としたと考えられる。
施工は、上部工事は大阪鉄工所(現在のカナデビア)が45,700円で、下部工事は奈良市の市村 市松2)が40,500円でそれぞれ請け負ったと記録されている。県の補助を得たとはいえ、村にとって大きな負担であった。村議会は「有給吏員定員?ニ給料旅費支給規定」の改定を否決し、県立師範学校入学生への補助を打ち切るなどして経費を削減するとともに、村有林を間伐して収入を加え、ようやく本橋の着手に至ったという(参考文献1)。銘板によれば、起工は昭和3年5月であった。
わが国のワーレントラス形式の道路橋は、1924(大正13)年に完成した犀川大橋(金沢市)が最初とされており、その後、次第に従前の主流であった
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図2 コンクリート桁橋部の下部工は3層ラーメン橋脚 |
プラットトラスに代わって普及していった。昭和4年に架けられた本橋は初期のワーレントラス橋として注目される。また、コンクリート桁橋部の下部工は、2段の横梁をもつ3層ラーメン橋脚であり、当時としては設計がむつかしかったものと思われる。いずれも一流の技術を投入したものと評価できる。
橋からまもなく100年を迎えるが、管理者である下北山村では平成14(2002)年にトラス橋の腐食部分の交換と高欄の新設、下部工の鉄筋の防護や欠損部分の修復などの補修を行い、現在も良好に利用されている。4本の親柱(H=2.6m)やコンクリート桁橋部の高欄に変更は加えておらず、
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| 図3 堂々とした親柱
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重厚な中にも親しみやすさを備えた橋面は変わっていないが、照明施設をガス灯から電灯に変更した。灯具のデザインに留意を払い、違和感のない仕上がりになっている。
右岸側に村が設置した説明板がある。橋梁の概要や建設時の写真などが掲示されている。本橋の工事記録は残っていないようだが、説明板の写真がその様子を物語っている。当時、「上池原の風致に一大偉観を放てり」(下北山村役場「下北山村郷土誌及村勢要覧」)と評される長大橋であり、
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| 図5 村が設置している説明板 |
図6 説明板に掲示されている写真から |
工事中はもとより完成後も近隣町村から見物人が来たという。今も村の誇りであり、「池原大橋」の名が住民の間では定着している。
橋を訪れたときの印象は忘れがたい。3時間余りのドライブの後、
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図7 バス停の名前も「池原大橋」だ |
池原ダムから国道をうねうねと下っていくと、前方の谷底に本橋が姿を見せる。古いタイプの橋であるかもしれないが決して古ぼけてはいない雄大な姿に、これだけの橋を建設しようとした村人の熱意と、それに応えてこの山村に一流の技術を投入した技術者の健気さが強く感じられた。顕彰されるべき橋梁である。
(参考文献)
1 木村 博一「下北山村史」(下北山村役場)
2 奈良県教育委員会「奈良県の近代化遺産」
1) 廃止された奈良交通バスの代替として大淀町・吉野町・川上村・上北山村・下北山村が協力して運行する連携コミュニティバス。主に国道169号を走る。
2) 市村については現時点では不明な部分が多いが、国道25号に架かっていた五月橋(昭和3(1928)年完成、令和2(2020)年廃止)の下部工及び県立畝傍高校校舎(第1期:昭和8(1933)年、第2期:昭和10年完成)を請け負ったことが判明している(ただし、畝傍高校校舎は第1期、第2期とも別人が代理施工しており市村の関与の程度は不明)。
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